病院の話➂ 『だまされ屋さん』(星野智幸)

28日の日曜日、風雨がかなり強かった。マンションの廊下側の通路に雨がかなり吹き込んでいた。

桜はどうかと思えば、さほど散っているわけではない。早朝に家を出て藤沢から湘南鎌倉総合病院行きのバスに乗る。車窓から明るい日差しを受けて今こそ満開といった風情の桜の老木が見える。

 

今月、二度目の入院。今回は検査ではなく、冠動脈の狭くなっているところにステントを入れて血流をよくするための治療。

 

まず手始めにPCR検査。陽性ならばどこか別のところで過ごすことに。

 

唾液を試験管に流し入れる。最初は泡だけだが、少しずつこれが水分になっていく。1㌢㍍の高さ分ためて提出。9時半。

 

ロビーで本を読む。星野智幸『だまされ屋さん』。この作家、これで4冊目かな。いつも唸ってしまう。

 

 

夕海に優志はうなずく。

「どこにも境界はないと思うんですよね。引きたい人が勝手に線引いているだけで。男とか女とか、私には何をもってして、決めるのかよくわからないし、自分の中に男の部分があるとか女っぽいところがあるとか、考えてもぼんやりしちゃいます。人からそう言われることはあっても、そういう物差しで自分を図っていないんで、だから何?としか思わないです」

夕海は欧米人のように、大きく両手を広げて呆れてみせる。

「あえてこういう言い方するなら、どんな人もみんな中間にいると思うんです。純男も純女も、いない。世の中男とされてる要素と、女とされている要素、そこには当てはまらない要素、そういうのがどの人の中にもいろいろ混ざってて、お互いの自己認識に影響を与え合いながら、揺れている」

夕海は大きく手刀を切るような身振りを繰り返す。

「だから本当は分類なんてできないと思うんですよ。世の中では便宜上だか何だか知りませんが、そのうちの一面だけ切り取って、男だ女だ、異性愛だ同性愛だと分類しているのか、って。/誰だって自分が何者かはっきりしない状態は耐えられないから、その分類をとりあえず自分の正体だって信じたり演じたりしてるけど、実際はみんな中間にいて日々揺れている。私は適当だから、その変化も楽しいって感じるけど、ヤッシさんは自分にすごく正直に向き合って、分類は拒否しながら正体を探しているんじゃないですかね」

 

 

 

胸の携帯はなかなか鳴らない。12日の入院の時は、こうして3時間半ほど待った。

4階まで吹き抜けのロビーは広々としている。コロナのせいで3人掛けのソファの真ん中は着席不可。ゆったりしているのがいい。眠くなる。

ドトールでコーヒーとバウムクーヘン

 

再び読書。

 

 

子どもつくるかつくらないかで議論する優志と梨花

 

「何と言うか、自分でもどう言えばいいのかわからないんだけど・・・。たぶん、こんな先のない暗い時代に子どもを育てるなんて、生まれて来る子どもがかわいそうだって、感じてるんだと思う。だから、作らないというぼくたちの選択は理にかなっている気がする」

梨花は、死を宣告された気がした。やっぱり、先々苦労するから子どもがかわいそうって思ってるかじゃないか。

「荷が重すぎる」「無理だから」「かわいそうだから」という理由で、今までどれだけ女は肝心なことから遠ざけられてきたことか。その理由を口にするのは男たちで、女の意思を聞かずに、選択を奪ってきた。それと同じ言い方。「かわいそうだから生まれてこなくていい」。それを「ぼくたちの選択」と平然と言うか!

 

 

11時15分、スマホがうなる。

「インセーでしたから、入院手続きをして4階のHCUに上がってきてください」

今日は早い。

 

HCUに行くと心電図を測れとのこと。

 

カテーテル室の待ち合いのようなところで、血圧、採血、検温など。

 

看護師が点滴を入れる針を刺す。この間は注射のあまり得意でない看護師が失敗して激痛が走った。

今回は?

痛くはないが、いれたとたん看護師が「あれ?」

この「あれ?」は患者を不安にさせる。

「すみません、一回抜きますね」

もう一度新しい針を刺す。「ふ~ん?なんかねえ」

これも同じ。

「すみません、また抜きますね」

また新しい包みを破いて針を刺す。「ま、だいじょうぶか」とつぶやいている。どうも注射にツキがない。

 

生理食塩水の点滴をぶら下げ、点滴棒を片手に病室へ。

416号室。明るい。4人部屋。一人ひとりのスペースが広くてゆったりしている。これだけでも気分が違う。

 

昼食が出る。パン2枚に…ジュースに・・・あとは忘れた。

テレビをつけてみる。前回、隣のベッドのおじさんからもらったテレビカードがまだ450度数ほど残っている。

イヤホンは売店に売っていますと看護師に言われるが、音を聞くつもりはない。

 

担当の村井ドクター、青いドクター衣で現れる。イケメンの好青年。やや言葉足らずだが。

こんにちはと握手を求められたと思ったら、つかんだ私の右手に目を近づけて

「この辺から入りそうですね」

血管のチェックだった。

「じゃあ、赤田さん、頑張りましょう」とそそくさと出ていく。

このスピード感、今日は早いかもしれない。

 

13時になる前にMさんがやってくる。今回の治療というか手術は、家族待機が原則。誰もいなければやらないと手術同意書にあった。Mさん今日は藤沢からバスで。外は20度を超える気温、陽光はひたすらに明るい。

二人でカテーテル室に呼ばれるのを待つ、待つ、待つ・・・。Mさん居眠りを始める。

また、本を読む。

 

「かわいそうだと思っているのは、生まれてくるかもしれない子どもに対してじゃなくて、生まれてしまったヤッシのことじゃないの?自分が生まれなければよかった、って思いがあるんじゃないの?だから一生懸命、存在をアピールしてくるんでしょう。私が在日であることも、五歳年上なことも、事実婚であることも、新居に在日のコミュニティがある細川をヤッシが提案したことも、全部、ヤッシにとっては『よき理解者』というステータスを確立するための特典になっているよね。私にとっては自由な選択って問題じゃないのに」

           略

「罰だと思ってる」

「当然でしょ」

「罰として、正しさの鞭に打たれる刑に処されてるんだと思う」優志が自分自身に向かって、ため息のようにつぶやいた。

 梨花は瞬間的に怒りの炎で燃え上がり、すぐにその炎が自分にも向けられていることに気づいた。

 そうなのだ、私は優志を正しさの鞭で叩き、優志は正しさの鎧で私を傷つけてきた。私たちは理解しあいたいと熱望していたのに、いつの間にか正しさを武器や防具に加工して、戦わせあってきたのだ。

 私たちに必要なのは、互いに武装を解くこと。優志は鎧をつけずに私と向き合えることを知るべきだし、私は優志の鎧を脱がせるために叩くのではなく、鎧が武器として私を傷つけていることを素直に伝えればいいのだ。

 うらみを晴らすための正しさなら、いらない。徒手空拳で生身の自分を互いに見せれば、それだけで十分正しいのだから。

 天啓のように梨花には自分たちの進む道が見通せたのに、その言葉を優志に言えなかった。梨花はまだ武装を解けなかったのだ。生き延びるための武装が標準になりすぎていて、どうしたら手放せるのか、見当がつかなかった。これまで現実には、武装を解くことは死を意味していたので。

 

15時5分。ようやく呼ばれる。この間ほどではないが、待ちくたびれた。

 

ふたたびカテーテル室の待ち合い。

ステントを入れる治療は、1時間から2時間と言われる。

兄は、「俺の時は尿瓶を入れられたぞ」

尿瓶か・・・と思った。

最後に尿瓶を使ったのは、はていつだったか。

副鼻腔炎の時も胃がんの時も導尿だった。

麻酔をかけられたあとの、自分の意思ではどうにもならないときに入れられる導尿の管。

抜くときは、いつもかなり痛い。

尿瓶か・・・導尿よりいいか、などと考えていたら、「入りますよ」と看護師。尿瓶ではなく、カテーテル室に。

 

ベッドに横になる。すぐにいろいろなものをつけられる。尿瓶はない。よかった。

 

手の甲からカテーテルを入れる血管に針を入れる。

「ちょっと細いな」「やり直しますね」

またか。

 

ここから1時間。顔がかゆくなったのが3回。カテーテルが入り、造影剤が入り、バルーンで狭くなっている血管を広げ、ステントを入れる。5,6人の若いドクターたちが、部活の部室で話しているような明るい雰囲気で数字を確認しながら事態は進んでいく。

 

動けないのがつらい。軽い安定剤を入れてもらっているのだが。

血管から一気にカテーテルが抜かれるのを感じる。「終わりましたよ」の声。ほっとする。

 

カテーテル室を出たところで時計を見る。16時25分。1時間以上経っている。

 

30分だった検査と同じくらいに感じたのは、安定剤のせいか。

 

車いすで行きますね」と看護師。

「その前にトイレへ」というと、「はい、そこを出てその向こうに」

歩いていく。

戻ると、「じゃあ車いすに乗ってください」

よくわからない。

病室に入り口でMさんが手を振っている。

 

点滴が二本に増えている。カテーテルを入れた血管は、強く圧迫されて、手は腫れ、紫色に。携帯型心電図を首にぶら下げられる。一晩中、ナースステーションでモニターするのだそうだ。

手首のエコーをとる人など、入れ替わり立ち代わりいろいろな人がやってくる。

 

とにかくこれで終了。夜には点滴も終わり、圧迫もとれ、首から心電図系をぶら下げてコンビニへ。

消灯前、ゴミ箱にコーヒーのコーヒーを見つけた看護師、

「あら、まだコンビニは禁止ですよ」

行ってしまったものは仕方がない。

 

夜、4人部屋に4人目の人が入ってくる。

消灯時間の前に眠くなるが、なかなか寝付けない。本を読む。

 

優志と梨花の会話。

 

「当事者の感情を丁寧に理解しているとは思う。でも、時に、当事者が語るよりも先に、その感情を説明できちゃう。それって、当事者の声を封じることにもなりかねないでしょ。全く同じ内容を同じ言葉でいうのしても、当事者の人が言葉を絞り出すのと、ヤッシが明快によどみなく説明するのとでは、全然意味が違う。それはわかるよね?」

              略

「ぼくがイファにそうしてるって言うの?」

「してる。ヤッシが私になり切って私を理解してくれようとしていることは、ようくわかってる。それはすごく嬉しいことだし、感謝してる。でも、最近は、私を追い越して私になってる。ヤッシが私になり切ることに、自信満々でいる」

「それの何が悪いのか、わからないよ。ずっと努力してきたことが実現できたってことでしょう」

優志は抗弁する。梨花の口調は穏やかだが有無を言わせない。

「それはそうなんだけど、何か変質してもいるんだよ。ヤッシが完璧に私でいると自信をもって思っていて、私の気持ちとかを私の口から聞かなくてもわかるって確信していたら、私はヤッシに何を言えばいい?私はどこにいることになる?ヤッシは私になったんじゃなくて、私を飲み込んだんだよ。ありていに言えば、ヤッシは男であるという形の権力を捨てて、私になりきるという支配方法を確立した」

 

 

どこを読んでも、うかうかとしていられない。スリリングな会話が延々と続く。

優志(ヤッシ)の母親秋代、父親、アメリカに行ってプエルトリコ人と結婚した妹の巴とその娘の紗良と息子の星南、弟の春好、その妻の月美、謎の若者未彩人と夕海、その何人かの血縁・・・。壊れてしまった家族はどこまで修復できるか。

 

 

 

翌朝10時前、村井ドクターが現れる。説明を受ける。

冠動脈にカテーテルを入れ、バルーンで狭まったところを広げ、2㎝×3㎜と4㎝×3.5㎜のステントと呼ばれる金属の筒を入れたという。

目の前の画像は、使用前使用後。全く違う。細くなったところは消え、しっかりと血流が確保されたことを伝えている。ちょっと感動的。心からのお礼を口にする。

「で、次は左冠動脈のほうをやりたいと思っています」

まだやるのか。

「一度外来に来ていただいて、日程を決めたいと思います。何か質問は?」

これから手術が始まるというドクターの腰は半分浮いている。10時に家族の方に来ていただいてという約束はチャラに。Mさんが到着した10時にはドクターはもういない。とにかくドクターは忙しい。患者なんか構っていられない、まして家族なんか(笑)

 

退院。24時間の滞在だった。はい、また3週間後に。満開の桜もそのころには葉桜となって輝いているだろう。

 

家族の間の詰まってしまった血流はステントでは解決しない。血流を確保するには、言葉を駆使して相手との距離狭めるしかない。しかし多くの場合、言葉は距離を近づけない。言葉に感じる無力感にとどまらないで、越えようとする希望が星野の小説にはある。

 

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