以下の文書は、横浜市教育委員会の「記者発表」からの引用である。
横浜市記者発表概要
令和2年11月6日
教育委員会事務局
教職員人事部教職員人事課
懲戒処分に対する人事委員会の裁決(取消し)について
教育委員会は、平成28年8月1日、児童に対し、胸ぐらを手で掴み胸もとを押して叱責する等体罰を行ったなどとして、横浜市立小学校教諭に対し戒告処分を行いました。
この処分について、被処分者は平成28年10月28日付で横浜市人事委員会へ、処分の取消しを求め、審査請求を行いました。
人事委員会での審査の結果、令和2年10月28日戒告処分を取り消す裁決が出されました。
1 裁決の骨子
(1) 処分者は、本件審査請求手続において、処分対象行為の存在を認めるに足りる証拠等を提示しているとはいい難い。
(2) 体罰に関する報告書の作成に際しても、請求者の確認を十分に求めたかどうか疑義がある。
(3) 事案発生時に現場の近くにいた児童への聞き取りにおいて、合理的理由なく、児童1人のみを対象とし、他の2人から聞き取りをしていない。
(4) 請求者についても、その主張には正確性に疑義があるが、本件にあっては、処分対象行為が行われたという事実の存在を認めることはできない。
よって、本件処分は、その前提を欠くものとして違法と判断すべきであり、取消しを免れ得ない。
2 原処分の概要
所属 小学校
被処分者 教諭(30歳代)
処分日 平成28年8月1日(月)
処分内容 戒告
概要
当該教諭は、平成28年2月9日(火)当時担当していた学年の児童に対し、胸ぐらを手で掴み胸もとを押して叱責する等体罰を行った。加えて、当該児童に対し、言葉による暴力とも取れる発言をした。
3 教育長コメント
教育委員会の主張が認められなかったことについては遺憾ですが、人事委員会の裁決を踏まえ、適正に対処してまいります。
不祥事と思われる事案の対応にあたっては、事実関係の認定をより慎重に行ってまいります。
<参考>審査請求について
職員は、その意に反して懲戒その他の不利益な処分を受けた場合には、人事委員会に審査請求をすることができます。(地方公務員法第49条の2)
審査請求があった場合、人事委員会は、その処分の違法性・不当性を審査して、裁決(処分取消し、処分修正又は請求棄却)を行い、必要がある場合には処分によって受けた不当な取扱いを是正するための措置を任命権者に指示します。
裁決は書面により行い、当事者に送達することによって、その効力を生じることになります。
お問合せ先
教職員人事部教職員人事課 Tel 045-671-3244
この事案についての新聞記事。
児童に体罰をしたとして横浜市教育委員会が40代男性教諭に科した懲戒処分を市人事委員会が取り消したことを巡り、市教委は6日、調査が不十分で処分が覆ったと正式に公表した。鯉渕信也教育長は「市教委の主張が認められず遺憾。人事委の裁決を踏まえ適切に対処する」とのコメントを出した。処分取り消しは過去に例がないという。
教諭は2016年2月、市立立小学校6年の理科の授業中に男子児童の胸ぐらをつかんで「内申を下げるぞ」などと叱しっ責せきしたとして、同8月に戒告処分となった。しかし、「丁寧な言葉遣いで指導した」などとして処分取り消しを求める審査請求を人事委に提出。人事委は市教委の調査結果について「体罰を認めるに足りる証拠を提示していない」などと結論付け、今年10月28日付で処分を取り消した。
人事委の裁決で体罰の事実認定がされなかったことについて、市教委は「調査が不十分だったという裁決であり、体罰があったという判断が誤っていたとの認識はない」と主張。現時点で再調査の予定はないとした上で、再発防止に向け「同様のケースがあれば事実確認をより慎重に進めていく」とした。
処分取り消しから公表まで9日間を要したことについては、「(被害に遭ったとされた)児童や保護者への影響もあると考えた」と説明。人事委が調査に要した4年間の昇給抑制にも触れ、「教諭への支払額を計算する必要があった」と述べた。一方、教諭側の弁護士費用については「負担しない」とした。
公表に先立ち開かれた市教委定例会では、委員から「当該の子どもや保護者が体罰を受けたと感じた事実を重く受け止めてほしい」などとする意見が上がった。
人事委員会に対する不利益処分の審査請求は多くはない。弁護士に相談しても「勝ち目はない」と諭されるのが常だ。
お上の沙汰(処分)に対して異議を唱える(審査請求)のはご法度。宮仕え(公務員)は粛々と処分に従うのが世の習い。
しかし、そうばかり云っていられないときもある。
行政は、かなりの確率で間違いをおかすからだ。
今回の事案は2016年に起きている。
どんな事案か一般市民には知る由もない。
「当時担当していた学年の児童に対し、胸ぐらを手で掴み胸もとを押して叱責する等体罰を行った。加えて、当該児童に対し、言葉による暴力とも取れる発言をした。」
分かるのはこれだけである。実際に何がどんなふうだったのか、私たちにはわからない。
保護者が児童から聞いて校長に連絡したと考えるしかない(その際、校長は保護者からきちんと事情を聴いたのか。本人はもちろん近くにいた児童にどれだけ確認したのか)。
校長はこれを体罰案件と判断、教育事務所に連絡(当該教諭に校長が事実関係を糺したはずだが・・・)。事務所は指導主事を派遣し、当該教諭から事情聴取するとともに関係児童からの聞き取りを行う(ここが杜撰というしかない)。
事実関係が確定したと方面事務所所長が判断して処分過程に入る。処分案を作成し、行政内部の役職者で構成される分限懲戒審査会にかけられ了承を得て、教育委員会議で最終的な決定をすることになる。
この過程の最初の部分に瑕疵があったと人事委員会は判断した。
教育委員会(処分者)としては、内部機関(公平審査の機関だから内部とは言えないが、一体化している自治体も多い)明らかにメンツをつぶされた格好。行政処分がひっくり返るなどと言うことは彼らにしては「あってはならないないこと」。
なにせ、事務局内部の総力をあげて「認定」し、教育委員会議で「決定」したものが「間違っている」と言われたのだから。
その間違いも「骨子」だけを見ても、稚拙そのもの。人事委員会の採決は詳細を極めているはずだ。
(1)処分対象行為(体罰)の存在を認める証拠が提示されていない。
つまり証拠がないのに体罰と認定したということ。杜撰。
(2)体罰報告書の作成時に請求者(当該教諭)に十分確認していない。
これは、処分の根拠となる体罰報告書の中身を本人にちゃんと確認しないまま見切り発車したか、それとも報告書の内容に本人が納得していない、体罰に対して否認していたということだ。杜撰、偏見。
(3)聞き取り調査で1人からだけ聴き取りして、2人からは聴いていない。
よくあることである。立証に必要な証言のみをとりあげて、いびつな事実を作り上げる。杜撰、偏見。
(4)請求者に主張にも疑義があるが、それでも体罰があったとは言えない。
いろいろあるけどやっぱり認められないという断固たる判断。
まとめれば「証拠がない、聴き取りは不十分、報告書も杜撰、よって体罰があったとは言えない」という結論。
教育委員会の判断が全否定されているということだ。
ここには説明されていないが、一般の裁判同様、書証の提示、準備書面のやりとり、そして証人尋問を行った結果がこういう判断になったはずだ。たとえ審理が開かれても、行政の判断を追認するような結果となるのが一般的であるのに(つまり最初から請求者は行政にアドバンテージを取られているのだ)この案件は、市教委の判断を全否定して処分を取り消している点で、まれではある。
人事委員会の審理は、人事委員会委員長(弁護士)が裁判長の役を務め、処分者側(教育委員会)の弁護士と非処分者側(当該教諭)の弁護士とがそれぞれ一般的な裁判と同じようにやりとりをする。違うのは場所が法廷でないということぐらい。もちろん傍聴者もいる。
争点整理を経て何度かの公開審理をおこない、処分の是非を判断する。
今回もそうして出された判断なのだが、なんとこれに対し、横浜市教育委員会の言い草がすごい。新聞記事からの引用ではあるが、
「市教委の主張が認められず遺憾。人事委の裁決を踏まえ適切に対処する」
とここまではふつうだが、
「調査が不十分だったという裁決であり、体罰があったという判断が誤っていたとの認識はない」
この理屈はおかしい。教育委員会による調査に基づいてなされた体罰という認定に対し、その調査が全面的に不十分だったというのが採決の中身。「体罰があったという判断は間違っていない」と言ってしまえば、人事委員会制度(不利益処分に対する審査請求)そのものを市教委は否定していることになってしまう。行政機関の姿勢として、これは褒められたものはない。
おかしいのは事務局だけではない。教育委員会議の面々が、
「当該の子どもや保護者が体罰を受けたと感じた事実を重く受け止めてほしい」
としている点である。
教育委員会議自身が体罰と認定したことによってなされた決定が、人事委員会によって覆されたことには口を拭って、情緒的に子どもや保護者の立場に身をすり替えて、ささやかに意趣返しをしているように見えないこともない。
「受けた方が体罰と感じたらそれは体罰」であるならば、事情聴取も人事委員会も不利益処分の審査請求など何も意味を持たなくなってしまう。
教育委員会は、事実認定に至るまでの過程のどこが問題だったのか、それを点検することから始めるべきだろう。
起訴されれば曲がりなりにも裁判が始まる一般の犯罪と違って、行政処分は処分が出ればたいていはそこで終わってしまうのである。本人が事実関係に納得して「間違いありません」となったところで、初めて処分の量定がなされる。調査委の余地があるにもかかわらず、思い込みや偏見で判断を急いだことがなかったかどうか。
処分取り消しから公表までの長すぎる9日間は、教育委員会の苦慮の表れであろう。
ありていに言えば、恥ずかしてくすぐには発表できなかったのだ。
2013年に起きた女子中学生に対する「不適切な指導」事件で減給3か月となった教員を5年近く支援したことがある。
事案発覚直後から、当該校長や方面事務所と交渉、調査の杜撰さ、思い込み、偏見を指摘し続けたにもかかわらず、横浜市教委は当該を現場から半年にわたって引き上げ、処分したうえでその後配転させた。
人事委員会に審査請求し、審理の中で明らかになったのは、まさに思い込みと偏見によってつくられた報告書と処分の実相だった。
処分は戒告へと切り下げられたが「わいせつ」をにおわせる「記者発表」をもとに書かれた当時の記事撤回されていない。
「行政は間違える」「行政は間違いを認めない」
長い間、横浜市教委と闘ってきたなかで得た結論である。