9月19日(土)
東京・駒込に竹内良男さんが2016年から主宰している『ヒロシマ 連続講座』に出かける。
田園都市線で渋谷、山手線で駒込。会場は歩いて1,2分のところ。
家を出て1時間半ほど。
ずっとマスクをしている。汗っぽくて鬱陶しい。
電車の中も街の中も、誰もがマスクをして動いている。
いまさらだが、街の風景が変わった、と思う。
電車の込み具合は7割程度。土曜日とは思えない。
渋谷で乗り換えるが、ここは人が多く、コロナ以前とあまり変わらない。
今日の講座は、2016年に始まって108回め。
『クラシック音楽界から見えること』と題して国立音楽大学名誉教授の小林緑さんのお話しされる。
小林さんはジェンダーの視点から音楽の世界を見てきた方。保守的と言われる音楽界では稀有な存在だろう。ラディカルな発想をされる方。
それは次のような文章にも見て取れる。
学校の音楽室には必ずと言っていいほど作曲家の肖像が何枚も掲げられているものです。たいていの場合はバッハ・シューベルト、ドビュッシーのようないわゆる「偉大な」作曲家たちでしょう。では、女性の作曲家という立場はどうでしょうか。…おそらく音楽室には女性の作曲家の肖像は一枚も掲げられていないでしょう。歴史上の女性の作曲家の名前を挙げよと問われてみても??という事態に陥ってしまう、というのが一般的な見方ではないでしょうか。そう、伝統的に作曲とは男性がするもの、という錯覚がいまなお支配的だと言っていいはずです。或いは作曲=論理的=男性的/演奏=感覚的=女性的、のような粗雑で単純な図式が、私たちの無意識に潜んでいるのかもしれません。
学園坂出版局の講座「女性の作曲家ガイド」から
この日の講演は、14時に始まり途中10分の休憩を取り(その最中にも資料の映像が流れていたが)、17時35分まで続いた。
小林さんは1942年生まれ。78歳とは思えない痩身短躯にエネルギーが満ちている。
驚くことには、3時間半を超える講演の後、私などへとへとだったが、質問した方がいた。
こちらは今年87歳になられる関千枝子さんだ。名著と言われる『ヒロシマ第二県女二年西組-原爆で死んだ級友たち』を書かれた方。『関千枝子 中山士朗 ヒロシマ往復書簡』(第1集~第3集)も。
お声をかけようと思ったが、小林さんと話されていて果たせなかったが、関さんには92年ごろと2004年ごろに二つの学校にお招きして生徒に話をしていただいたことがある。
関さんのお話は、講演の中の、滝乃川学園に渋沢栄一が援助を惜しまなかったという小林さんの指摘に関わって、たしかに渋沢は日本資本主義の生みの親みたいな人だが、女子教育に力を尽くした人だったこと、東京女学館の館長も務めていた。また自分は女学館の小学部の出身であり、東京女学館小学部は最後まで国民学校にはならなかったことを誇りに思っているという発言だった。
いつも思うことだが、竹内さん、小林さん、関さんのような方を目の前にすると、自分の卑小さ具合が恥ずかしくなる。竹内さんは少し上の世代、小林さんはおよそ10年後、関さんもおよ20年後の自分の年齢。比べるべくもないが、自分の思想なり思考を深め続けていく姿を継続されていることに頭が下がる。
さて3時間半の講演だが、いただいた分厚い資料もまだ目を通していない。
浅薄かつ偏頗な紹介をしても仕方がないので、取り上げられた人物だけ紹介したい。
①コンスエロ・ベラスケス(1920-2005) 名曲”べサメ・ムーチョ”の作曲家。曲は知られていても名前は残らない。
②外交官ディアナ・アプカ―(アルメニア) 杉原千畝のような存在だが、外交官とは認められなかった。
③ポリーヌ・ヴィアルド(1821-1910)フランスの声楽家・作曲家。ショパン・シューマンなどと交流があった優れた作曲家だが音楽史では埋もれている。この人抜きに西洋音楽は語れない。男性の権威主義の前に実績が評価されていない。
④エセル・スマイス 19世紀イギリスの女性作曲家。サフラジェットの一員として闘う。投獄され、刑務所で歯ブラシで指揮をしたという記録が残っている。(サフラジェットについては映画『未来を花束にして』やブレイディみか子さんの『女たちのテロル』に詳しい)
⑤吉田隆子(1910-1956)日本の作曲家。プロレタリア音楽同盟に参加。小林多喜二追悼の音楽をつくる。1940年治安維持法違反で4度目の逮捕。戦後NHK出演者レッド・パージの対象となる。舞台音楽・声楽曲・合唱曲・器楽曲など幅広い作品群がある。
⑥石井筆子(1861-1944)鹿鳴館の華から一転石井亮一とともに知的障碍児問題に献身、3か国語を話し北欧女性参政権のきっかけをつくる。ナイチンゲールの実像を日本に紹介。愛用の「天使のピアノ」は滝乃川学園に現在も。映画『筆子その愛-天使のピアノ―』(2007年)「男性の間違いを学ぶ必要などどうしてあるでしょうか」
⑦イザベラ・レオナルダ(1620-1704)バルバラ・ストロッツィ(1619-1677)
ともに古典派以前の女性作曲家。バッハ以前にも優れた女性作曲がいた。
⑧ルイーズ・フランク(1804-1875)作曲家・ピアニスト。パリ音楽院で初めて教授職に。
⑨柳兼子(1892-1984)声楽家。”声楽の神様”と称される。夫は白樺派で民芸運動の柳宗悦。大人気を博した金子が稼いだお金で宗悦は沖縄、朝鮮の民芸品を買い集めたといわれる。しかし日本民芸館での金子の扱いは小さい。
⑩アガータ・バッケル=グレンダール(1847-1907)ノルウエ―の作曲家・ピアニスト。グリーグだけじゃない!
まだまだたくさんの方を紹介されていたが、ここまで。その都度DVDを視聴しながらの講演。埋もれた女性作曲家を世に紹介するために、NHK経営委員を6年間と務め、その報酬をコンサート開催に充てているとのこと。少なくない報酬でしたが好き勝手なことを云っておりました、と。