原爆症裁判  「経過観察」自体が大きな不安との闘いであるあるのに、それを戦争の一方の当事者であった国が認めず「値切る」かたちで収束しようとしたのが今回の最高裁判決だ。

最高裁の判断が出た。不当判決である。

弁論を開いたのは、名古屋、広島高裁の判決を見直すためだったということだ。

朝日の一面のタイトルは、

原爆症認定 条件を明示 「経過観察に特別な事情必要」」というもの。

社会面で原告の落胆ぶりを報じているが、あまり熱の感じられない報道だと思った。

 

私なりに判決を要約すると、「経過観察は必要だが、予防の範囲を超えて積極的な治療行為に結び付かないものは認定できない。特別の事情、つまり病気の悪化・再発の可能性については総合的に考慮し、個別具体的に判断すべき」というもの。

 

判決概要はさらっと読んでしまえば、筋が通っているかに読めるが、その、よって立つ基本的な立場が間違っているのではないか。

 

原爆によって引き起こされるさまざまな症状や病気については、いまだ全体像が明らかになっていないからこその「経過観察」である。症例のたくさんある病気、症状の出方や治療に一定の法則性がみられるものと原爆、放射能の影響は一緒にはできない。

「経過観察」自体が大きな不安との闘いであるあるのに、それを戦争の一方の当事者であった国が認めず「値切る」かたちで収束しようとしたのが今回の最高裁判決だ。

 

被爆手帳をもつ人は昨年3月末時点で145844人、原爆症と認定されている人は7269人、被爆者の5%、平均年齢は82.65歳。

原爆症の認定は3年ごとに行われるが、厚労省の検討委員会は「長い間、漫然と認められている」などとして「適切な運用」を各自治体に通知した。そうした流れと判決はつながっている。

今回の判決によって、高齢化とも相まって新たに原爆症と認定される人はさらに減っていくのではないか。

 

司法に想像力を、と思わざるを得ない。

 

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