タイトルも評判も聞いたことがない映画をみてしまうことがある。早とちりで時間を間違え、時間を持て余してしまったときだ。埋め草のように見た映画が、案外良かったりする。
私にとって『兄消える』はそんな映画だ。
『兄消える』(2019年5月公開・日本・104分・監督西川信廣・主演高橋長英)
吉永小百合と樹木希林が『八月の鯨』のような映画を撮りたいね、と話していたというエピソードを『サワコの朝』に出演した吉永小百合が話していた。
この映画の宣伝惹句は
「名作『八月の鯨』を彷彿とさせる年老いた兄弟の青春寓話」。
そこまで云っていいのかなとは、思うけれど、言いたい気持ちはわからないではない。
派手な事件など何にも起きない地方都市上田の日常の中に、小さな石ころが投げ込まれ、ささやかな波紋が広がる。たったそれだけの淡々とした映画。
なのに終わりまでほとんど緩まずに見てしまった。『八月の鯨』・・・外れていないとも言えないか。
主演の高橋長英がいい。背中で演じるというのだろうか。主演然としていないのもいい。
いや、主演は兄金之助役の柳澤慎一の方かもしれない。柳澤愼一だよ、あの。
1932年生まれの86歳。『奥様は魔女』のダーリンの声。
その昔はエノケン・ロッパ・金語楼に可愛がられたというからかなり昔の話だ。
とにかくよく映画に出ていた。明るい人気俳優だった。
同じ人物
高橋長英演じる哲男が100歳になる父親を看取ったころ、突然40年姿を現さなかった兄が若い女を連れて帰宅するところからドラマが始まる。
演出がきっちりとしている。セリフの間がいい。哲男の清貧だけれどやはりどこかむさくるしいところや、金之助のハチャメチャな人生を想像させながら、無責任とどこか心優しいところが好対照。気がつけば画面を支配しているスケールの大きさ。老残ぶりもお手の物だ。
シーンは哲男の自宅と工場、あとは上田市のスナックやら食堂、そして自然だけ。工場のつくりはこれ以上ないほどリアル。作業服を着て手ぬぐいをかけて旋盤に向かう哲男の後ろ姿、すごい。舞台出身の監督のこだわりか。
池辺信一郎の音楽も力が抜けていてよかった。
こういう映画、悪くない。