『金子文子と朴烈』「芳華~youth』をみる。

6月7日
梅雨入り。天気予報に傘マークが並ぶ。


本厚木kikiで金子文子と朴烈』(2017年・韓国・129分・監督イ・ジュンイク主演チェ・ヒソ、イ・ジェフン2月16日公開)『芳華~youth~』(2017年・中国・135分・監督フォン・シャオガン主演ホアン・シュアン、ミャオ・ミャオ・2019年4月公開)。

 


金子文子と朴烈』、アタマの中をかき混ぜられた感じ。みながらいろいろなことを考える。いい映画だと思った。

金子文子という女性の波乱に満ちた生涯については簡単には書けない。一つだけ云えば、文子は同時代の女性解放の流れに身をていした女性たちとは一線をして、底辺の独特の人生を送った女性(『何が私をこうさせたか~獄中手記』(金子文子)『余白の春』(瀬戸内寂聴)『女たちのテロル』(ブレイディみかこに詳しい。これらについてはまた別に触れたい)だったということだ。

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朴烈もまたアナーキストとして死刑囚となって以後、戦後まで生き延び、有為転変の人生を送った人。冒頭、「犬ころ」という朴烈の詩が文子の強い共感を呼ぶところから映画は始まる。関東大震災(1923年)前後の治安維持法制定前の混乱の時代に二人を置いて、その後数年間を描いていく。

 

https://youtu.be/TpIGLQHW0ow

 


金子文子を演じるのはチェ・ヒソ。

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日本とニューヨークに住んだことがあるというが、ほぼネイティブの日本語と、あえてカタカナに直した朝鮮語を発音するなどして日本人らしさを出している。絶妙。

チェ・ヒソは文子の日本人離れした発想と表情の多様さ、気性の激しさを全身で表現する格好の女優。日本人が演じる「湿気」がチェ・ヒソにはない。文子の本来的な精神的な自由さを体現していると思った。

 

イ・ジュンイク監督の前作『空と風と星の詩人 尹東柱ユン・ドンジュ)の生涯』(2016年・韓国・110分・2017年7月公開)にも日本人大学教授の娘役を可憐に演じているが、本作で一気に才能を開花させた感がある。

 


さて、「アタマかき混ぜ」だが、この映画、基本的に韓国の俳優だけで撮っている。日本人で出演しているのは、大逆罪を問われた二人を弁護する布施辰治を演じる山之内扶だけ。日本の政治家その他日本人すべてを韓国人俳優が演じている。
そこに独特の磁場のようなものがつくられていて、アタマをかき混ぜられる感じはそこから来ているのではないかと思う。


というのも、チェ・ヒソにしても水野男爵役のキム・インウ(いい役者だ)や他の役者にしても、みなほぼネイティブに聴こえる日本語を駆使しているのだが、それらが集積するとわずかに違和感が発生する。史実に基づいた脚本を使いながら、日本でありながら日本でないところで演じられる物語。韓国人が日本人役をやることで現出する「何か」があるような気がする。

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それは朴烈や金子文子が、どこかに大陸の乾いた空気感を身にまとっている感じと通じるし、二人のもつ底抜けの軽さ、明るさが、日本人のもつ湿潤な情念の世界や差別意識を逆に投影しているように思えた。


かと言って監督のイ・ジュンイクは、日本人を十把一絡げで抑圧者として描いていない。これは勝手な憶測だが、そう感じるのは、イ・ジュンイクには朴烈や金子文子への共感はもちろん、アナキズムそのものへの共感があるような気がするのだ。


イ・ジュンイクは『空と風と星の詩人 尹東柱ユン・ドンジュ)の生涯』で、東柱の従兄弟の夢奎(ソン・モンギュ)が独立運動に飛び込むさまをモノクロの静謐なタッチで描いたが、日本人の描き方はやや一辺倒である。本作では日本人の仲間、支援者も含めて一人ひとりに対する視線が複眼的でやさしささえ感じる。それをアナキズムに対する理解と共感が底流にあるからとするのは読み込みすぎだろうか。

 


関東大震災時の在日朝鮮人虐殺については、この国ではここ数年、右派勢力から「なかった」とする捏造が相次ぎ、行政もそれに追随する動きがある(横浜市でも中学校の副読本が書き替えられた)。6000人に上るだろうという被害の調査結果が、現在では「200人程度」といった言説までまことしやかに流布している。


映画の中では日本人の自警団が朝鮮人に対して「十五円五十銭」を発音させるシーンが出てくる、「ジュー」という発音がしにくい朝鮮語を話させて日本人か朝鮮人かを人定する。こうしたことも史実に基づいて描かれている。


この映画、金子文子を描くことによって、日本人に対してもう一度「足下をみよ」と呼び掛けているのではないかと思う。単なる反日映画ではない。日本ではつくられることのなかった貴重な映画だと思う。

 

 

 

『芳華』は、監督が『唐山大地震』(2010年・中国・135分・原題:After Shock/公開2015年3月)を撮ったフォン・シャオガンであることから、ぜひみたいと思った。

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大きな事件を間に、長い時間の流れの中で変化する、あるいは変化しない男女の思いを細やかに描いている傑作。中国各地の自然を描く映像も素晴らしいが、何より揺れ動く若者の群像を歌と踊りを間において自在に描いているところがすごい。135分、飽きさせず気持ちをつないでみられるのは、大河ドラマ?を得意とする監督の力量だと思う。

 

映画に反権力的な装いはないが、中国共産党への批判は底流に流れている。この数年後、天安門事件が起きる。その素地は映画の中にたしかにある。


印象的なシーンは多いが、テレサ・テンのカセットテープを男女3人でこっそり聴くシーン。「こんな歌い方があるのか」と驚き、「心に沁みとおってくるんだ」という感動を率直に口に出す若者。ぐっとくるシーンである。

 


6月8日
通院。昼過ぎから雨になるというので、折りたたみの傘を持って二人で出かける。予約は12時だが、内科の受け付けの女性が、診察が1時間遅れていることを伝えてくれる。館内のローソンでおにぎり、サンドウィッチなどを買ってとなりの休憩スペースで食べる。


13時から診察。内視鏡再検査の画像をみながら、穏やかな口調でしっかり話す担当医。途中、話を区切ってつれあいのほうを向き「奥様、何かご質問は?」とゆったりと話しかける。ふつうの声の高さの若い女性。検査のときも思ったのだが、朝から診察が続けているのだろうにと、丁寧な対応に頭が下がる思い。


結果はまちがいなく「2人に1人」の「1人」のほう。6月中にCT検査、その結果を待って入院、手術となるようだが、病院側の都合もあるようで確定はしていない。


もやっとしていたものが目の前を覆っていたが、霧が晴れたようで少しすっきり。検査、入院までの注意事項は暴飲暴食以外は特になく、いつも通りにとのこと。

 

院内のサポートセンターに寄り、CT検査の注意事項を聴き、会計に。バーコード認証が今回もうまくいかない。結局窓口へ。

 


外に出ると降るはずだった雨は降っておらず、日が照っている。
「今年は男の日傘、買った方がいいかもね」とつれあいが云う初夏の午後である。

 

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