『マイ・ブックショップ』・・・いい絵をみたような満足感に近い。

 4月の終わりに見た映画だが、まだ何か熾火のように残っている映画。

 

「マイ・ブックショップ」(2017年・スペイン・112分・原題:La libreria・イザベル・コイシェ監督・エミリー・モーティマー主演)★★★★★

 

 イザベル・コイシェは、『死ぬまでにしたい10のこと』の監督。いい作品だった。他の作品は見たことがないが、『マイ・ブックショップ』も素晴らしい映画だ。タイトルはスペイン語で「図書館」の意味、本屋の話である。

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 1959年イギリスのある海岸地方の町。書店が1軒もないこの町でフローレンスは戦争で亡くなった夫との夢だった書店を開業しようとする。しかし、保守的なこの町では女性の開業はまだ一般的ではなく、フローレンスの行動は住民たちに冷ややかに迎えられる。40年以上も自宅に引きこもり、ただ本を読むだけの毎日を過ごしていた老紳士と出会ったフローレンスは、老紳士に支えられ、書店を軌道に乗せる。そんな中、彼女をよく思わない地元の有力者夫人が書店をつぶそうと画策していた。(映画.comから)

 

 こういうふうにあらすじを書かれると、まったく違う映画のような気がするから不思議だ。

 

https://youtu.be/1N6RMF7E8R0

 

 戦争未亡人が本屋を始めるために孤軍奮闘するドラマチックな起業の物語、ではない。またフローレンスとエドモンド・ブランデッシュ演じる引きこもりの老紳士ビル・ナイの老いらくの恋愛物語でもない。

 剛腕、絡め手を自在に使う町の有力者パトリシア・クラークソン演じるガマート夫人と孤立無援のフローレンスとの闘いの物語でもない。はたまた語りを担う小さな妖精のような従業員との濃密なかかわりの物語にもなってはいない。


 映画は、どの線にもあえてのめり込むまいとしているようだ。田舎町で起きた取るに足らない事件をさらっと描いている。物語、ドラマチックということを拒否するところに味わいを見出しているようだ。


 一貫して惹きつけられるのは、随所にみられる街のたたずまいと、そこに住む人々の自然な立ち居振る舞い。海辺の町のにおいが漂ってくるような気さえする。

 そしてなにより主要登場人物のそれぞれの表情。

 フローレンスの思索的で時にチャーミング、怒りや諦めそして穏やかな愛情を秘めた豊かで深い表情、これが素晴らしい。1971年生まれのエミリー・モーティマーという女優。一度も見たことがない。『メリー・ポピンズリターン』(2018)が最新の出演作。

 

 引きこもりの老紳士エドモンド・ブランディッシュを演じるビル・ナイも素晴らしい。セリフのないときの表情に顕われる感情の奥深さにしびれた。

 

 この二人の関係が1つの中心軸。

 

 ブランデッシュは妻を亡くして、長いこと引きこもりの生活を続けてきたが、町に表れたフローレンスから選書のアドバイスをしてほしいと請われ、次第にフローレンスに惹かれていく。

 

 フローレンスが、外目は廃屋に近いブランディッシュ家を訪ねるシーンがとっても良い。

 何を着ていこうかと迷いながら、赤いドレスをまとったフローレンス、壊れかけた門扉を抜けて玄関を叩くが誰も出てこない。鍵はあいている。中に入って階段を上ると、きちんとした身なりのブランデッシュが待っている。この時の二人の戸惑いと期待の表情がいい。

 

 なぜか二人でカップやソーサーなどお茶の準備をする。テーブルの上にはケーキ。セリフは少ないが、互いの気持ちの切り結ぶ分とそうでない部分が交叉し合う。ケーキも食べずに短い時間でフローレンスは辞去するのだが、二人の間に一本の絆がつながれたことがわかるシーンだ。

 

 ブランデッシュのアドバイスもあって一時はうまくいくかに見えた本屋の営業が、ガマート夫人の執拗な妨害によってとん挫する。

 海辺でたたずむフローレンスのところにブランデッシュがやってくる。このシーンも言葉少なだ。わずかにブランッシュがフローレンスの手を軽く握るだけだ。

 

 ブランデッシュは意を決して、フローレンスの本屋を葬り去ろうとするガマート夫人と対決する。
 

 有力者であるガマート夫人は、フローレンスが保有している古い建物を芸術文化センターのようなものとして保存したいと考えている。そのため、甥を使って法律を作らせ、合法的にフローレンスを追い出そうとする。

 

 ブランデッシュとガマート夫人の対決は見ものである。かつて二人の間には何らかの行きがかりがあるようなのだが、はっきりとはわからない。かつてブランデッシュがガマート夫人を拒否したことが偲ばれる。

 二人の勝負は最初からついている。ブランデッシュは負ける闘いを挑んで、失意の中で敗北していく。しかしガマート夫人は、フローレンスとブランディッシュの見えない絆に、深く傷ついている。


ブランデッシュは、自宅の門扉の前で倒れ亡くなってしまう。

 

 フローレンスの店にガマート夫人の夫が弔意を表すためにやってくるシーンも秀逸。

 夫はガマート夫人から、ブランデッシュの訪問の来意を捻じ曲げて伝えられている。 まるでブランデッシュが芸術文化センターに賛意を示していたかのように。

 

 フローレンスは、その誤解を解くことなく夫を激しい言葉で追い出す。フローレンスが大きな声を出すのはこのシーンだけ。言葉はいらない。


 失意の中、フローレンスは船で帰っていくのだが、その眼の先には煙を上げて燃え始めるフローレンスのブックショップ。見送る小さな従業員。

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 成長してブックショップを経営する小さな従業員の独白で映画は閉じられる。

 本に対する偏愛とだけまとめるには、深い感情のひだが感じられる映画。こうして書いていても、この映画を上手く伝えられたとは思えない。


 なんだかいい絵をみたような満足感に近い。