『THE GUILTY ギルティ』(2018年・デンマーク・88分)上質なサスペンス。(ネタバレ少しあり)

   『THE GUILTY ギルティ』(2018年・デンマーク・88分)を「あつぎのえいがかん

kiki」でみた。封切りから2か月。ようやく2番館にやってきた。


 原題は「Den skyldige」、グーグルのデンマーク語翻訳にかけてみて「犯人」という意味だということが分かった。

 配給会社の命名だと思うが、邪魔だし、踏み込みすぎだ。

 日本では「解釈」が邦題に出てしまう、その結果、映画をみる方のイメージを狭めてしまうことが多い。

 欧米の映画の題名は、基本的に最低限の情報を提示するさっぱりしたものが多い。主人公の名前とか舞台となる土地の名前とかだ。日本ではそういうのはあまり受けない。「これでどうだ?ほうら、見たくなっただろう?」という、えげつないものが多い。だから淡白なタイトルはあまり受けない。悪循環。

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 この映画に限って言えば「犯人」のほうが、全編見終わってみれば深みがあるかなと思う。『THE GUILTY ギルティ』はあざとすぎる。

 

 過去のある事件をきっかけに警察官として一線を退いたアスガーは、いまは緊急通報指令室のオペレーターとして、交通事故の搬送を遠隔手配するなど、電話越しに小さな事件に応対する日々を送っている。そんなある日、アスガーは、今まさに誘拐されているという女性からの通報を受ける。車の発進音や女性の声、そして犯人の息づかいなど、電話から聞こえるかすかな音だけを頼りに、アスガーは事件に対処しなければならず……。(映画。COMから)

予告編  https://www.youtube.com/watch?v=bocuEY3Itsc

 

 これを読んだだけでも、映画というよりどちらかと云えば演劇的な作品であることがわかる。事実、ほとんどのシーンがアスガ―(ヤコブ・セーダーグレン)の表情を追う。加害者も被害者も犯行現場も出てこない。だから観客は、アスガ―に仮託、同化しながら事件の経緯、変化を追体験しなければならない。


 警察の緊急通報指令室。ヘッドセットをつけた警察官が何人かいて市民からの通報を受けている。アスガーは熱心とは言えず、私用電話がかかってくると上司から注意される。周りとアスガーの関係はぎくしゃくしている。アスガーは「一線を退いた」のではなく、業務上のミス、間違って若者を射殺してしまった事件で起訴されており、その裁判が続いていることが後々分かってくる。アスガー自身が鬱屈したものを抱えているなかで、ある通報を受けることから事件が始まる。

   
 冒頭から感じられるアスガーのバランスの悪さ。仕事熱心であり、正義感も強いのだが、むらっ気というか全体的な状況をフェアに判断できないところがある。いろいろやっても報われない仕事、それでも忙しく立ち回らなくてはならない警察官全般に共通する「疲労」のようなものを、作り手は意識しているのではないかと思った。それは、アルコールや薬にかぎらず、警察官ならそれぐらいやれと言った得手勝手な言い分への嫌気、市民の放埓な権利意識に対する疲労でもある。

 

 事件は、イーベンと名乗る女性からの通報から始まる。イーベンは元の夫であるミカエルに拉致されたクルマの中から電話をしている。緊急事態と判断したアスガーは、なぜかこれを一人で仕切ろうとする。このへんが全くバランスが悪いのだが、周囲もその異様な雰囲気に気づいてもよさそうなものなのに、途中から別室にこもってイーベンやミカエルとやり取りするアスガーを、特に咎めることもない。

 

 アスガーはイーベンに自宅にいる子どもと話しているようにミカエルには見せかけるように細工する。何とかしてイーベンが逃げ出せるきっかけを電話で必死に伝えようとするアスガー。でも、どこかイーベンの反応がうつろでもある。そのうちに家の中の「蛇」の話になり・・・。

 一方、携帯電話をも駆使しながら同時にアスガーは、友人の警官にイーベンの自宅を訪問させる。そこには・・・。


 アスガーは自分の思い違いがとんでもない事態に向かっていることに気づき、動転する。そうして、イーベンに対して自分の起こした発砲事件の真相についてまで吐露してしまう。友人に頼んだ偽証も自ら破棄してしまう。アスガーの中では、あれもこれもみな取っ散らかってしまって、何一つ整理されない。


 サスペンスドラマとしてとっても上質のものだと思った。演劇的ではあるけれども、実際に芝居にしてしまえば、かえって盛り上がりのないものになってしまうかもしれない。
 カメラと音声、とりわけ情報を音声に頼らざるを得ない映画なのだが、無機質な通信の音と、そこに挟み込まれる肉声が緊密な空間をつくっていて惹き込まれる。さらに、アスガーに限らずイーベンやミカエルが抱える回復不能の「疲労」、デンマークの社会全体に広がる病理的な「疲労」のようなものが感じられた。ラストも救いはない。