アディオス!アミューあつぎ映画.comシネマ! お別れは「ウインド・リバー」と「ブエナビスタソーシャルクラブ★アディオス」

   12月4日。気温が20℃近い。ベストは着ずに冬用のブレザーを着て出かけたのだが、結局、終日持ち歩くことになった。札幌でも14℃だとか。

 

 このまま温かさが続くのなら歓迎なのだが、ある日を境に冬本番が突然やってくる。

    困る。冬は緩やかなグラデーションで来てほしい。

 例年、横浜の冬は下がってもせいぜい0℃まで。年に一、二度零下となる日があるかどうかといったところ。今年の最低気温は我が家のテラスの計測では今のところ8℃。降霜を見たのも1日だけ。もちろん結氷は一度もなし。
 

 昨夜もマンションの廊下は、結露していた。乾燥しない12月である。

 

 

 本厚木駅からほど近くに、アミューあつぎというビルがある。ダイソーブックオフユザワヤに、厚木市子育て支援などの公的施設が入ったビルである。その9階に名画座,二番館の「アミューあつぎ映画.comシネマ」があった。開場は2014年。3スクリーン<172席・58席・72席>あるきれいな映画館だった。11月9日までは。

 

10月中頃はがきが来た。

 『突然ではございますが、2018年11月9日(金)をもちまして閉館致します。』

 

 「ええ―?」である。

 この映画館の存在に気がついて、道のりとしてはやや遠くはあるが、会員になって3年。年に10数回は通った。

 映画館とは思えない眺望、とりわけ西側に丹沢の山肌が望めるフロア、格安の料金、意欲的な作品の招致、残念だなあという気持ちが強い。殊に多くの会員にとっては落胆が大きいと思う。


 私は2015年からの市外会員だが、市内外合わせてなんと6900人の会員がいたという。年会費5400円で招待券が3枚。一回の鑑賞料金は500円。市内会員はもっと割安感がある条件。この人たちの平均鑑賞回数が年10回を超えるというだから、営業としては万全かと素人目には思えた。
 

 はがきには、大変急な案内になってしまったこと、12月下旬には新しい映画館がオープンすること、会員証は有効期限まで、別会社が運営する映画館で会員特典が得られること、毎月郵送してきた上映スケジュールの送付は終了するとのことなどが記されていた。


 「皆様の温かいご支援の中での苦渋の選択となりましたが、なにとぞご理解賜りますようお願い申し上げます」。

 

 苦渋の選択という言葉に、運営会社というよりフロアにいた何人もの、見覚えのあるスタッフの顔が思い浮かぶ。 
 

 というのも、この映画館、他との大きな違いは、上映前に毎回スタッフのひとりがスクリーンの前に出て、映画の内容について話をするというところ。

 ものを食べるな、携帯をしまえ、席を途中でかわるなといったことも最後にちょっとだけ触れるが、中心は映画の内容の紹介だ。パンフレットをなぞっているときもあれば、この人、この映画に惚れ込んでいるなと感じるときもあった。まれに会場から拍手が起こることもあった。照れながら足早に降壇するスタッフの素人っぽさが良かった。


 あれは2年ほど前だったか、中学生の女子二人が制服でこの「映画紹介」をしたことがあった。職場体験実習の一環だった。映画をみた感想を懸命にまとめ、緊張の面持ちで話す姿に会場から大きな拍手が湧き上がったものだ。
 

 私は冬はどうということもないのだが、夏の映画館が苦手。冷えてしまうのだ。フロアにおいてあるブランケットにはいつも助けられた。

 よほどのことがない限り、せっかちだからエンドロールの途中で出てしまうのだが、いつも外にはブランケットを受け取る若いスタッフがいた。預かってはきちんとたたんでいるのをみて、返すときはたたむようになった。


 私は書いたことはないが、フロアに“自由ノート”が置いてあって、映画をみた感想などが記されたノートが何冊もあった。会員はシルバーが多いと聞いたが、書いているのは若い人が多かった。

 

 経営会社のシーズオブウィッシュの青山大蔵代表は


「”地域のコミュニティの場としての映画館”としてお客様との交流を重視し、スタッフの人材育成にも力を入れてきた。信念を貫くため自社のみで経営してきたが、資金繰りの悪化で撤退を決断した」(タウンニュースから)

 

という。勇気ある撤退というのだろう。12月からは別の会社が新たなスタイルで映画館を立ち上げるのだという。
 

 私の、最後のアミューあつぎ映画.comシネマは11月1日だった。スタッフに声をかけるのも憚られ、黙って二本の映画をみて、スタッフにありがとうと声をかけてエレベーターに乗った。行先は、小田急線沿いの八海山をたっぷりと安価で飲ませるお店、「今日は呑まずに帰れないだろう」と独り言ちながら。

 

 

 

 1本目がウインド・リバー』(2017年・アメリカ・107分・監督テイラー・シェルダン)


 アメリカの辺境を舞台に現代社会が抱える問題や現実をあぶりだした「ボーダーライン」「最後の追跡」で、2年連続アカデミー賞にノミネートされた脚本家テイラー・シェリダンが、前2作に続いて辺境の地で起こる事件を描いた自らのオリジナル脚本をもとに初メガホンをとったクライムサスペンス。第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞。主演は「ハート・ロッカー」のジェレミー・レナーと、「アベンジャーズ」シリーズのエリザベス・オルセンネイティブアメリカンが追いやられたワイオミング州の雪深い土地、ウィンド・リバーで、女性の遺体が発見された。FBIの新人捜査官ジェーン・バナーが現地に派遣されるが、不安定な気候や慣れない雪山に捜査は難航。遺体の第一発見者である地元のベテランハンター、コリー・ランバートに協力を求め、共に事件の真相を追うが……。

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 ワイオミング州ウィンド・リバー居留地。合衆国魚類野生生物局の職員、コリー・ランバート(ジェレミー・レナ―)が荒野のど真ん中で少女の死体を発見するところから映画が始まる。居留地連邦政府管轄だから、捜査はFBIが担当するのだが、派遣されたのは新人捜査官ジェーン・バナー(エリザベス・オルセン)1人だけ。

 現地の保安官と協力しながら捜査にあたるのだが、おぼつかない。バナーは自然のあまりのすさまじさに途方に暮れるばかり。ランバートは捜査に協力することになる。

 

 全体に寡黙な映画である。ネイティブアメリカンの説明もなければ、登場人物についての説明もほとんどない。セリフも少ない。みる方は画面から流れる情報を目を凝らして受け取るしかない。同じ監督の『ボーダーライン』の手法。ランバート自身が全く寡黙、しかしなんとも雄弁。

 

 殺された少女は居留地内に暮らすネイティブアメリカンの娘。居留地というと狭い印象があるが、鹿児島県ほどの広さだという。2万人が住んでいて、ここに警察官は6人しかいなかった。オバマ時代の2012年に36人に増えたという。

 仕事は牧羊が中心。失業率80%、10代の自殺率が全米平均の2倍以上、先住民の女性がレイプされる率が全米平均の2.5倍以上。殺人事件の被害者になる率が全米の5倍から7倍(数字は「町山智浩ウィンド・リバー』を語る」から)。

 

 何か起きても警察はすぐには来ない。隣の家までは数十キロ離れている。アメリカにはすさまじい格差社会が残っている。そして極度の無法地帯となっているということだ。


 ランバートは、喜んでというふうもなく、しかし当然のようにバナーの捜査に協力することになるのだが、その背景に自分の娘が、レイプ殺人事件の被害者になっていることがある。

 

 前半部でランバートが別居中の妻のところを訪れて、息子を居留地に連れ出すシーンが出てくるが、娘の「喪失」に対する二人の気持ちのずれが端的に表現されている。最後までみ終わって、このシーンの重さが胸に迫ってくる。


 亡くなった娘のネイティブアメリカンの父親と、ほとんど無言で悲しみを共有するシーンも同様、寡黙な演技である。


 居留地には、石油採掘会社が入っており、ここに作業員が数名派遣されている。彼らもまた、広大な居留地に「放置」されており、鬱屈している。

 

 捜査によって少女の死因が明らかになっていく。直接的な殺人ではなく、少女の死は逃げるために-30度の低温の中で走ったことによる肺の機能停止によるものとされるが、バナーは殺人事件でなければ捜査はできない。応援を呼べば殺人でないことが分かってしまうため、応援も呼べない。

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エリザベス・アルセンとジェレミー・レナ―

 ランバートの「捜査」によって犯人の目星がついてくる。数人の石油発掘会社の寮を訪れるシーンが、すごい。『ボーダーライン』もそうだったように、度肝を抜かれる。  

 

 この緊張感は何ともリアルで、アクション映画のドキドキ感とは全く異質なもの。まるで実際のシーンを遠くから見ている感覚。セリフは脈絡がずれていて、演技の「ため」が全くないのだ。追いつめられた作業員のそれぞれの勝手な思惑が予想もしない動きを突然起こす。全ては暴発のようなもの。どうすればこんなシーンが撮れるものか。

 

 犯人はランバートによってネイティブアメリカンのやり方で裁かれる。ランバートは淡々とそれを実行する。この時点でランバートはいわゆるアメリカ人ではなくなっている。シーンは法や正義の及ばない地で生きることのひとつの解決の在り方を示唆しているようだ。

 画面がものを言う映画、佳作である。

 

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 もう一本は『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』(2017年・イギリス・監督ルーシー・ウオーカー)。前作キューバのビッグバンドのドキュメント『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』を見たのは2000年のこと。こんな音楽の世界があるのかと度肝を抜かれた感があった。あれから18年。当時もみなそれなりの老齢だった者たちが、一人ひとり去っていくところを追ったドキュメント。名演奏家たちが一人ひとり消えていくのだが、どれもこれも全く湿っぽくない。その時が訪れる直前まで彼らはいつも“プレイヤ―”だ。

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 前作同様、最後まで全く時間を感じることなく映画のに中に没入してしまった。

 

私にとっての「アミューあつぎ映画.Com」とのお別れに何ともふさわしいものとなった。

 なお、12月15日から新会社の運営で、『日日是好日』などが上映されるとのこと。番組の編成がどんなふうになされるのか、じっくりと見極めたいところだ。