”トロは仕入れが八割、シンコは仕込みが八割”

 

「夏の間は逼塞して、涼しくなって行動開始だね」と決めていた。


 6月中に梅雨が明け、異常な暑さに見舞われた7月。夏には出かけるところとてない私たち老夫婦には「静かな夏」が待ち受けていたはずだ。


 7月26日、千葉に住む長女から「足首骨折」との連絡。松葉杖だという。彼女のところにはもうすぐ3歳と5歳になる姉弟の孫がいる。夫は長期の出張を控えている。近所に住む世話好きの姑は、長男が一家で赴任しているハンガリーを訪れている。


 ギプスで固定しているわけでなく、痛みもまだあるという状態、このままでは家事はすぐに滞る。買い物すらできない。

 

 救援隊の派遣である。

 

 つれあいがすぐにクルマで行くことに。空いていれば首都高を通って1時間半。

 

 つれあいは一泊して食事や洗濯ほか家事全般を請け負ったようだが、このままでは立ち行かないと判断。うちでまとめて面倒を見ることに。

 

 次の日、長女と孫二人をのせて帰宅。とはいえ、一週間ぶりの再会である。

 

 先週、孫のダンスの発表会があり、千葉を往復したばかり。アンデルセン公園の野外ステージはすさまじい暑さだった。その時にみた岡本太郎の作品“平和のなんとか”の写真をこのブログにも載せた。


 ついでにちょっと早いけどということで、近くのイタリアンで私の誕生日を祝ってもらった。立派なケーキをお店につくってもらった。

 

 で27日、この日が本番の誕生日。またまた♪ハッピバースデイトゥユー♪である。またケーキを食べた。恥ずかしながら65歳である。ちなみに朝鮮戦争休戦が決まった日、休戦はいまだ続いている。

 

 突然「静かな夏」は終わりをつげ、ふたりで家事と育児に精を出すこと約2週間。

 長女はこちらの整形外科に通い、なんとか治癒のめどが立った。大事にならずに済んでよかった。

 夫はようやくいくつもの出張を終え、夏季休暇に入り、迎えに来てくれた。一家4人で一泊して、8日に台風13号の襲来におびえながら横浜を立って行った。

 

 

 家の中からシーンという音が聞こえるようになった。夜中に感じるのはカサカサという爪の音を立てて歩くライの気配だけである。

 

 つれあいにはやや疲れが出た。咳が出てのどが痛いという。風邪気味である。

 私は厨房に立つぐらいだったからいたって元気なのだが、つれあいは家事全般、育児も含めて少しオーバーワークになったのかもしれない。

 きのう、かかりつけの医院を受診。薬を使わないで治そうということになったという。昨日今日はお疲れ休みである。

 

 横浜最後の夜になった7日、近くのすし屋でお別れパーティー。

 

 5歳になる女児は昨年この店に来たことを憶えているという。

 下の男児は長女に「おととし○○ちゃんは、産まれる数日前にこの店に来たんだよ」と言われてきょとんとしている。

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 横浜の北西部に転居して9年になるが、以来、年に何度か伺うようになったお店。小さな店なので店名は伏すが、近在ではよく知られた良い店である。店主が和食はもちろん、洋食やアジアンテイストまで何でも作る。そしてそれがみなストライク。この日もなんと「もつ煮」を用意してくれた。

 

 酒を呑む人間にはうれしい店である。はなから寿司を頼まず、呑んでばかりという客は寿司屋では好まれない。昔はそういう寿司屋が多かった。私は寿司屋に好かれない種類の人間なのだが、時代は変わり、店主の趣向も変わる。伝統的なすし屋は今でも健在だと思うが、私はこういう店が好きである。


 もう一つ、この店、店主が大の子ども好き(だと思う。確信はないが)。昨年は縁日のおもちゃをいただいた。今年もアイスが用意してあった。受け入れられているということを子どもも感じるのか、ぐずることがない。大人は安心して飲み食いができるということになる。

 

 写真は大人の一人前のおまかせ握り。卵焼きに焼き印があるが、うまく店名が隠れている。3歳男児は卵焼きが好みだが、5歳女児は「いくらください」。やるものである。
刺し盛りにシンコが入っていた。うれしい。

 

 わたしが若いころ、シンコの季節は夏の終わり、8月から9月半ばぐらいだった。今は少し早まり、9月には終わっていることが多い。盛りは6月から7月になっている。

 シンコはコノシロの幼魚。シンコ、コハダ、ナカズミ、コノシロと大きくなっていく。シンコが4~5㌢、コノシロが15㌢くらいか。

 
 シンコについての蘊蓄は、野毛のすし屋「北海寿司」の店主に教わった。

 店じまいして10年にもなるだろうか。寿司職人らしい風呂の上がりたてのような肌色をした年配の店主だった。

 小体(こてい)のしもたやという言い方がぴったりのお店。ある時、玄関の引き戸が倒れてきたことがあった。

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 7席ほどの店。4人と3人の角のカウンター。そのいちばん端、トイレの入り口近くには脳梗塞を患った店主の妻が坐っていて、あまり動かずにお茶や箸などを出す。

 私たちは親しい友人夫妻と4人で行くことが多かった。4人が入るとほぼ満席状態に。居心地のいいお店だった。”北の誉”が置いてあったのを憶えている。ほぼ毎月のように寄っていたので、シンコにあたることも多かったようだ。

  

 シンコは寿司職人とって特別のたね。柄が小さいので、下処理に手間がかかる。鮮度や大きさで塩、酢加減が変わらざるを得ず、難しいとのこと。レシピはつくれないという。

 

 ”トロは仕入れが八割、シンコは仕込みが八割”は、シンコのことが書かれているところには必ず書いてある。
 
 シンコを注文すると、3㌢から4㌢ほどのシンコ3~4枚が少しずつずらして重ねられ、一枚のネタのようになってでてきた。うろこのような見てくれと絶妙な酢加減が忘れられない。いつしかこれを夏の風物と感じるようになっていた。味はこうして覚えるものらしい。

 

 ここ数年、シンコには出会えていない。気がつくと9月で、夏前にすし屋には行っていないのだ。


 そのシンコが久しぶりに目の前にある。やや大ぶりだがコハダまではいかない。コハダやコノシロはスーパーや居酒屋でも見かけるが、シンコはでてこない。大人4人で一切れずついただいた。

 

 ようやく「静かな夏」、お盆を前に車の数も減ってきている。都心が年に二度静かになる。

 

さて、どこに出掛けようか。

 

 

 次回は、映画『スターリン葬送狂騒曲』『ダンガル』『ロンドン、人生始めます』について書くつもり。

 

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